on the Milky Road

エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラという音楽バンドがあります。
ユーゴスラビア。
今のボスニア・ヘルツェゴビナのサラエヴォで結成されたバンドで、民族楽器やブラスが混じり合うロックでもないスカでもない、どこかロマの音楽を思い出させる独特な音に特徴がある。
ステージ、客席が一体となるお祭りのようなライブには熱狂的なファンが多かったりもする。
そのバンドの代表、エミール・クストリッツァって言う人はなかなかに多彩な人で、映画を撮る。
どれも出身のサラエヴォ(のような場所)が舞台で、彼らの勢いがありながらも哀愁を帯びた音楽とともに話がすすむ。

ボスニア・ヘルツェゴビナといえばつい最近まで民族戦争で全土が戦火に包まれた国。
当然、彼らの映画も戦争で荒廃した貧しい村が舞台であることがほとんどで、けれどその厳しい環境の中でもおおらかに食べ、飲み、歌い、そして人を愛するコトができる人間という存在のたくましさを描いてる。
これを反戦映画とみることも出来るのだろうけど、でも彼らにとって戦場に生きるということは当たり前のコトで、だから「戦争反対」ではなく「人はどんな環境もまずそれを受け入れることで本当の自分を発見することができる」たくましさを描いた作品なんだ…、と思った方がいいんだろうなぁと思いながらいつも見る。

エミール・クストリッツァの8年ぶりになる新作映画を觀ます。
「オン・ザ・ミルキー・ロード」というタイトル。
戦場の村にミルクを毎朝届ける男の物語。
運命の女性と出会い、けれどその女性を愛したことでさまざまなモノから終われ、逃げ続けることになる。
結局、愛は手に入ったけれど彼女を手に入れることはできなかった…、という切ない物語に思いっきり泣いてしまった。
どんなに悲しいコトであっても悲しいだけでは涙が発動しない体質のボクなんですが、「あぁ、でもシアワセなんだろうなぁ」と思えるときには止めるに止まらぬ涙がでてくる。

そもそも銃弾が飛び交うときにも、料理を作り食べ飲み、歌う。
休戦したといっては料理を作り食べ飲み、歌う。
どんなコトがあっても食べるモノがありみんなで飲んで歌うことができさえすれば、生きているとはすばらしいこと。
街は平和になるんです。
毎日、当たり前のように食べられ、飲めて歌える状態になれた…、なのにそれを一緒にたのしむ人がいなくなってしまう。もし愛がなければ人はもっと楽に生きていけるのかもしれないなぁと思うと、もう悲しくって悲しくって。

生きるということを考えさせてくれる映画でした。いい映画なんだけど単館上映。勿体無いなぁ…、って思います。シネコンがどんどんできてスクリーン数は増えるのに、それが多彩な映画を見る機会が増えることにはつながらない。勿体無いなぁ…、って思います。
ちなみに…。
主人公の運命の人、モニカ・ベルッチがいいです。50半ばの熟した女性。シワも隠さず体の崩れもあらわに、しかも戦地にあってほぼノーメイク。歳を重ねるということは老いて衰えることではなくて、豊かに深まるということなんだってウットリしました。オキニイリ。

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