銀座に来る店、銀座を去る店、時代のお店

銀座に新しい麺専門店ができた。
しかも案外、評判がいい…、というので訪ねる。
場所は老舗洋食店の煉瓦亭の横。
画廊が入ったビルの一階。
「SHIBIRE SOBA 蝋燭屋」という名前。
鰻の寝床の奥が厨房。入り口脇に券売機。
メニューは担々麺に汁なし担々麺。酸辣湯麺に麻婆豆腐麺という4種類だけ。
最近流行りの四川風の「辛い系麺店」のなぞりではある。

店に入ると四川料理のお店独特のスパイスの香りが漂っている。
体にまとわりついてくるような重たい香り。
感心するのがお店で働く人たちの働き方で、笑顔がステキ。挨拶もいい。言葉遣いも丁寧でしかも的確。お店の人たち同士のやりとりもやさしくおだやか。仲良く働いているんだなぁ…、って感じがするのが、いいなと思う。

ちなみに4種類の中で一番人気は麻婆豆腐麺。
お店の人のおすすめもそれ。
これ、賢いなぁ…、と思います。
担々麺が売り物の店は東京中に溢れてる。
この店の近所にも担々麺の老舗専門店が何軒かある。
だから担々麺を用意はするけど、それで勝負をしようとしない。

麻婆豆腐のおいしい店もたくさんある。
けれどそういう店に限って、麻婆豆腐はご飯のおかずで麺と一緒に売ろうとしない。
しかも麻婆豆腐は担々麺以上にポピュラー。知らない人のない料理。
「おいしい担々麺の基準」はあるようでないけれど、「おいしい麻婆豆腐の基準」は結構確立してて、そのおいしさを越える味の提案をすれば、誰にでも評価し易い味になる。
だから麻婆豆腐麺で勝負をかける。
オンリーワンの市場を自ら作って、そこの王様になろうとしている…、悪くないなと思います。

カウンターに座ると紙エプロンに氷水の入ったステンレスのカップがストンと置かれるところ。センスが入った箸立てや調味料がズラリ揃ったカウンター上。工夫されてて好感持てる。
麻婆豆腐麺は辛さ3段階が選べてそれの一番辛いのたのんで食べる。汁は少な目。みずみずしい汁なし麺のような雰囲気。麺は中太。麻婆豆腐からただよってくる肉肉しい香りにお腹がグーッとなる。

辛くて痺れる。豆腐はフルフルなめらかで、タップリ混じったひき肉はクチャっと潰れて肉汁ジュワリ。歯ごたえがしっかりしていてなかなか旨い。麻婆豆腐だけを食べると舌がしびれて体がざわつく。けれど麺と一緒に食べると麺が甘いのですね。
実際、麺が甘いのでなく小麦の旨味をしびれた舌が甘く錯覚するからなんでしょう。食べはじめると麺を食べることをやめられなくなる不思議なおいしさ。「ぶどう山椒オイル」が味変えにいいですよ…、というので試すと、山椒の痺れに油の甘みが加わって食べやすくなる。辛いのに甘い。痺れるのにやめられない。悔しいほどにハマる味。ランチタイムはご飯がサービス。スープに浸して食べてみるもやっぱり麺で食べるのがおいしいんだなぁと思ったりする。この店、繁盛するに違いない。

 

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体がお腹の底からあったまり、ちょっと気持ちを落ち着かせましょう…、と、「どんパ」に来ます。
喫茶店です。お店に入ると水出しコーヒーの大きな装置。そのコーヒーにニッキの香りを移して仕立てる「ニッキコーヒー」がここの名物。あったかいのや冷たいのや、ホイップクリームをのっけたのやらとアレンジコーヒーが多彩に揃ってたりもする。
おいしいんです。水出しコーヒーそのものが苦味や酸味がなめらかで、甘みすら感じるおいしさ。そこにニッキの香りが加わると苦味、渋みが一層おだやかに、やわらかくなる。冷たくしてもニッキの香りは力強くて、コーヒー風味の何か他の飲み物みたいであったかくすら感じる不思議。

お店の中も、のんびりとした雰囲気で、銀座にあってどこか地方の喫茶店に迷い込んできたようなゆったりとした時間もステキ。

小さなテーブル。
ガラス製の灰皿がもれなく置かれて、全席喫煙。
にも関わらずお店の中の空気がキレイで、換気がしっかりしているのでしょう。
こういう店っていいよなぁ…、と思ってぼんやり壁を見た。そしたらなんと、来年の1月20日で閉店するという貼り紙が壁に貼られておりました。
諸般の事情。35年間の歴史が終わると、淡々とした言葉の間の事情や真意を考えるだにしんみりします。

おいしいということだけでは事業を継続するのはむつかしい。歴史があるというだけではすまないコトもいろいろあって、逆に35年の長きに渡ってご苦労さん…、と言ってあげるのがいいのかなぁと思ったりもする。

それにしても、このおいしいコーヒーが二度と飲めなくなるんだなぁ…。ゴブレットの足に貼り付くように履かされたこの独特のコースターももう見れなくなるんだなぁ…、って思うと本当にしみじみ残念。
どうしていれば、このお店がなくならなくてすんだんだろう…。
お店の向かい側に350円で飲めるコーヒーのお店ができた。環境がめまぐるしく変わっていく、時代に合わせればよかったのか。値段をかえればよかったのかも、それともメニューが悪かったのか。でも頭を使ってあれこれ考え始めると、自分の本来の良さを忘れてしまうことにもなるんだろうな…、と頭はすっかり混乱します。あれやこれやが悩ましく、無口になります。なやましい。

 

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コメント

  1. koku

    たぶんその答えはすごく簡単です。日本全体が貧乏になったからです。時代というより、環境というより、この二十数年における政治と金融と企業のおエライさん方の失策の犠牲者です。ゆでガエル状態の大半の日本人には未だに理解されてないようですが。とはいえ、能天気にバブルを謳歌した経験のある世代も同罪ですけどね。結局は、ロスジェネ以降の若い人たちが苦い汁を飲まされ滅びゆくだけの国。これから加速度的にこういう現象は続きます。曲がりなりにも一応この国は民主主義国家のようなんで、つまりそういう方向に行くことを選んだ有権者の自業自得。しょうがない。

    • サカキシンイチロウ

      kokuさん
      貧しくなりましたねぇ…、実体が貧しくなった以上に気持ちが貧しくなってしまった。お金を使うことに後ろ向きで、「品質」を買うのでなく「値段」を買うようになってしまった日本の消費者。
      かなしいですよね。多彩で豊かなものがどんどんなくなっていってしまっている。にもかかわらず日本の人たちは未だに貧しくなってしまったことに気づかず、消費者は王様であると思い続けて、ふるまっている。なやましくてしょうがないですね。

  2. Eiko

    どんパ。白ヌキ文字の看板がいつも気になりながら、景色の一部になって居てはいったことが無かったです。35年…子供の頃からあったんだ…そりゃ景色の一部のはずだ…と思いながら、閉店までに一度伺ってみたいです。
    街の景色というのは時代によって変わっていっていいと思える場所と、ココのように変わってほしくないなぁと思う場所と、ありますよね。

    • サカキシンイチロウ

      Eikoさん
      おだやかな空気に満ち溢れたお店です。ニッキコーヒーという商品、ひとつで何十年もやってこられた。その芯の強さとうらはらなやさしい商品。
      もうちょっとだけ押し付けがましさがあればこんなことにならなくてすんだのかなぁ…、と思ったりもします。

  3. コル

    kokuさんのコメント、厳しいようですが私も同意です。
    先日1、2年ぶりぐらいにコンビニでおにぎりを買おうとして、小ささに驚きました。
    ショックを受けるほどで、サカキさんがハンバーガーなど小さくなっていくことを度々お書きになってるのはこのことかと・・
    ショックだったのは国力が衰えた結果がこれなんだろうなーと思ったからです。

    40歳の私、年金もどうなるかわかりませんし、必死で生き延びる策を考えています。
    といってもできることは節約ぐらいで、となると、ちょっとゆっくりおいしいコーヒーを、という余裕がなくなるんですね。
    さみしいことです。

    • サカキシンイチロウ

      コルさん
      同じ値段で売るために小さくするコトに関して、誰も何も言わない。
      でも、同じ量で売るために値段を上げると、けしからんと叱られる。
      不思議な日本の不思議なムード。
      どうしちゃったんだろうとしんみりしちゃいます。
      日本人が自分たちより貧しいと思い込んでいるアジアの国の人たちが、日本にきてラーメンを食べ、なんでこんなに安いんだろうとビックリする。
      本来の適正な値段で売り適正な利益をみんなが出すことを心がければ、収入も増え値上げされ分をいつかは吸収できるようになるはずなのに、みんながビクビクしちゃってそれがかなわない。なやましくてしょうがないです。

      • tonko

        同感です。
        変わりゆく香港へ仕事で初めて訪れた25年以上前、その後、何度か旅で行き、2009年から昨年の夏まで住んでいました。
        香港人の友人が毎年高騰する家賃や食費に悩みながらも給与もあがるので、日本へ毎年2度ほど来ては値上がりが滅多にない日本の経済に驚いていました。
        日本はチェーン系でも、衛生・接客などのレベルが高いのに外食は安価で、小売店などの生鮮食品の安さに驚き、2週間の日本旅行で5キロ近く太ったといつも笑っていた海外の友人たち。
        日本では給与が上がらない(娘の初任給が低くて気の毒になります)外食でも国産の材料をなかなか使えないのは、適正価格ではないからだと思います。
        そして、一部の声が大きな消費者が数十円の値上げに大騒ぎして反対するのも問題です。
        そのうえ、何事に関しても安くしても、衛生面や接客にも高いレベルを要求する消費者や経営者にも疑問を感じます。休み時間がとれない、食事抜きくらい忙しいなら、せめてアジア諸国みたいに食事を食べながら、のんびりと接客させるくらいの余裕を認めるのが妥当です。朝御飯を食べつつ、電話したり、入力するビジネスパーソンもいます。その代わり、みんなが朝御飯をテイクアウトすることで、外食産業も売り上げがあがるし、朝きちんと食べると肥満対策になり、健康にもいいと言われていますから。

        そしてお客自身もそういうライフスタイルが普通だと思えば、いいのにって思います。極端な例ではなく、アジアでは普通のことなのに。真似しろというより、精神的な健康も考えるなら、完璧主義にならないほうがいいですよね。

        • サカキシンイチロウ

          tonkoさん
          お客様の要求が高すぎるのか、その要求に対して言いなりになってしまう飲食店のお人好しな姿勢が悪いのか。
          日本の飲食店はおそらく世界で一番儲からないビジネスになっちゃったのじゃないかと思います。
          日本の食は産業に従事している人たちの犠牲の上に成り立っているとしたら、おいしいおいしいとばかり言っていられなくなっちゃいます。

  4. koku

    給料が上がらないといいながら、値段を上げれば文句を言う。そのモノやコトはなぜ安いのか、その理由を知らないのだろうか、回りまわってそれはまさに今の自分に跳ねかえっていることだと本当に解らないのだろうか、この矛盾をどうして日本人は気づかないのだろうかと心底不思議で仕方ありません。私のような都内で賃貸光熱費食費も含め月10万で暮らしてる貧乏人ですら気持ち悪いのに。

    まあ、気づかないフリをしていると言った方が正しいのでしょう。昨今、高齢者から子育て世代まで様々に権利を主張していろいろ紛糾してますが、どれもこれもシラケて眺めています。大半の人は私よりもいい暮らしをしているはずなのに、よくぞここまで不幸ヅラできるもんだと。いかにこの国に自分さえよければいい人間が増えたかと思うと背筋が凍ります。自分だけが不幸だとでも思っているのでしょう。醜いものだ。加えて精神を病む人も本当に激増してしまいましたから、モンクレ対策も含め接客業はどんどん心身ともに厳しくなる。そりゃ求人出しても来ません。ただでさえ時給安いのに来るわけない。

    デフレが解消されない、値上げが極めて難しい理由も、自分なりに明確な答えがあります。お金があるないではなく、一言でいえば「何も信じられなくなったから」、コレに尽きる。

    お上やメディアや有識人に対しては言うまでもありませんが、いまは企業に対しても完全にそうなりました。例えば飲食業や小売りでいえば、なにより黙って小さくするという行為がすでに消費者を欺いており、それ以外にも管理や材料や添加物やウイルスその他モロモロに懐疑の目を向けざるをえない現象が続き、消費者の方も今や売り手をまったく信用しなくなった。消費者は言わないだけで、解ってはいるのです。最近はとうとう重工業のほうでも不正が次々に出てきてしまってますがね。すべての業界でこの現象は続くでしょう。サラリーマン社長とバブル世代が保身に走った結果の末路が、あちこちで噴出しています。

    だからいよいよ値上げする時、消費者が文句を言い「不買運動」するようになったのも当たり前といえば当たり前なのです。それでなくともここまで非正規雇用と下請けイジメと人間の使い捨てが当たり前になったいま、奴隷使役をする対象を信じろという方が無理な話です。今の日本のムードは、私にとっては不思議でもなんでもありません。しんみりする気にもなれません。最近は、外国人留学生の雇用も問題になっていますね。ここまで来たかって感じです。

    ちょっと話がそれますけど、「ほぼ日」で売ってるもの、どれもお高いですよね。でも消費者から文句は出ないし喜んで買われている。なぜか。それはその中で働いてる若い人たちが幸せで、企業の体質が誠実だからと思います。大半の企業にあるような、上の世代が保身に走り若い世代や非正規雇用を食い物にする体質もまったくない。社長の存在はもちろん大きいでしょうが、そういう企業だから消費者は「信じる」わけですね。信じてもらえれば、高くしても売れるわけです。すべては、そこだと思う。そういう企業が増えれば、日本もよくなるんでしょうけど、まあ現実問題、極めて厳しいと言わざるをえない。

    ま、15年くらい前に某法律が改正された時に日本がこうなることは私のようなボンクラでも予想していましたが、特に飲食業、サービス業、各種業界の下請けはダイレクトに被害が出てしまった。しかしそれを支持したのは有権者ですからね。自業自得、しょうがない。今の日本がこうなったのは、上も下も、右も左も含め、すべて「人災」です。

    • サカキシンイチロウ

      kokuさん
      ほぼ日さんの商売の特徴は「匿名の排除」にあるのじゃないかと思います。
      知らない人が知らない人に売る。
      つまり「匿名な商売」。
      それが今の大企業の商売のほとんどで、誰が作っているのかもわからぬものに値打ちを感じることができないのは当然。ほぼ日さんの、実名があふれる明るい世界の真逆ですよね。
      世界が大きくなりすぎたのかもしれません。
      SNSやインターネットが世界を無限に大きくしちゃって、本来、生活や商行為の基本にあるべき実体を伴った人と人とのつながりが希薄になってしまったのがさまざまなことの原因かなぁ…、なんて思うことがあります。
      今の日本のさまざまを誰かのせいにすることは簡単だけど、結局すべては空に向かって唾をはくこと。少なくとも、自分を中心とした小さな世界だけは潤いをもって、ゴキゲンな世界であるように心配っていきたいなぁ…、と思います。

  5. アラタロウ

    サカキさんはじめまして。どんパのコーヒーを六本木時代から愛飲していた者です。

    ここのコーヒーはコーヒー好きの初代店主さんが、何杯も飲める胃に優しいコーヒーのお店を自分で開いて出来たものです。両親も知人へのお遣いものとしてもよく利用してました。

    現代社会がこのお店が銀座で営業することを許さないことが、本当に悲しいです‥。

    横浜市在住ですが、閉店までになんとか1回お店であの味を飲みたいです。

  6. アラタロウ

    上の文章ですが、どんパは六本木のお店が以前にあって銀座店は分店だったのです。言葉足らずですいません。

    • サカキシンイチロウ

      アラタロウさん
      ボクの友人も六本木のお店のことをなつかしそうに話してくれました。
      いいお店なのに事業が継続していかないさまざまな事情が今の日本にはある。このお店のコトに限らず、なんだかさみしくなってしまいます。
      まだしばらくこのお店がある銀座は夢ある銀座と思って通いましょう。次にいったときにはコーヒーゼリーもたのしもうと思います。

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