髪を整え爪を磨いてステーキを焼く!

西新宿のヒルトンホテルに「村儀理容室」というバーバーがある。
地下アーケード街の一番奥。
目立たぬようにひっそりあって、店も普通の床屋仕様。
ヒルトンホテルが永田町にあった頃からやってる店で歴代総理大臣の頭を預かっている人たちがいる。
誰でも紳士にしてくれる確かな技術の店で昔はよく通ったけど、値段も紳士の値段なもので会社を潰してからは15年ほど来てなかった。
親父も贔屓にしてた。
タナカくんとも一緒に来てた。
今日はなんだか気持ちを新しく誂えたくて、それでひさしぶりに頭を刈ってもらおうとやって来てみた。入り口に立った瞬間、ご主人が「サカキさん?」って声をかけてくれ、お店に入ると椅子も設備も昔のままであっという間に15年が溶けてなくなる。
いつもの席に座っていつものようにとお願いをした。
父が死んだ顛末や、タナカくんを亡くしたことを報告しながら昔話に花を咲かせる。おしゃべり好きのご主人は、父とボクが仲違いしたときに間をとってくれたりもして、ずっと忘れていたことを話しの中で思い出させてくれたりしました。

15年間。ボクらは互いの頭を刈りあっていたのですネ。「村儀さんごっこ」をしようよと風呂場で髪を短く整えシャンプーをして首筋、背中をトントン叩く。どこかかゆいところはありませんか?なんて言って笑って、それで十分だったんだけど、1人になるとそれもかなわず今日はちょっと贅沢をした。
ボクの右隣にいたんだよなぁ…、って思いながら髭もあたって爪もキレイに磨いてもらった。
そう言えば親父が寝たきりになったとき、なにかしてもらいたいことがある?って聞いたら、村儀に髭を剃ってもらいたいってぐずって代わりにボクが剃ったことがあった。
さすがにプロの手わざは冴えてて、いつものボクがほんのちょっとだけ上等なボクになったみたいで背筋が伸びた。LOVEを背中に写真を撮って空をみました。風が吹く。

徳島の上等な赤牛和牛の肉をもらった。
毎年、ちょうだいしている肉でこれが届くと夏が来たんだ…、って二人で実感するのが常。
いいワインを買って焼くのはボクの仕事でした。
たまには焼いてみない?というと、失敗して叱られるのが嫌だからっていつもボクが焼いていた。
スキレットを温めて、油は使わず室温に戻した肉をそっと置く。
ジリジリ湿った音がして、徐々に脂が染み出しはじめて肉の周りのスキレットがテカテカ光って脂が焼ける匂いがしてくる。
トングで持ち上げ覗いてみると肉が揚がったように焼けはじめてる。
スキレットを持ち上げシンクに脂を捨てる。
再び焼いてひっくり返すと焼けた表面は細かな穴が無数にあいて脂を吐き出し、自分の脂で焼き上がっているのがわかる。
もう片面も同じように脂をすてつつカラッと焼いて、ペーパータオルで肉の表面の脂をとったらアルミホイルに包んでしばらく休ませる。10分ほども休ませ終えて、食べやすいように切り分けてお皿に移す。マッシュポテトとクレソン添えて出来上がり。

バターと塩と胡椒にじゃがいも。あまりなめらかにしないで芋の食感を残して仕上げるのが好きでいつもそうして仕上げる。タナカくんはこれが大好きで飲むように食べていたけど、作ってるところをみたときに「おいしいものってカロリーなんだね…」って言ってそれからほんのちょっとだけ控えるようになっていた。何しろ大量のバターを使って仕上げてますゆえ、しょうがない(笑)。
それにしても今日も上手に焼けました。芯まで熱が入ってあったか。けれど焼色はきれいなロゼで、サクッと歯切れてネットリとろける。なにしろお皿にドリップがにじみ出ないで、すべての旨味が肉の中に閉じ込められたままで口へとやってくる。
いつもは二人でぺろりと食べた。今日は残して明日の朝になにかの料理に変えるはず。

コメント

  1. EIKO ISHIKAWA

    サカキさんが表現するお仕事も、食べ物も、大切な方も、とても丁寧でヴィヴィッドであったかくて美しい。だからみんなサカキさんの文章に惹かれるんですね。
    自分の暮らしを振り返るにつれ、そんなに丁寧に生きてないなぁ…と自省する日々です、今日のエントリも温かくて香りまで伝わるようなおごちそうですね。
    明日もそんな思い出と健やかに過ごせますよう!

    • サカキシンイチロウ サカキシンイチロウ

      EIKO ISHIKAWAさん
      ひさしぶりにアフターシェイブローションの香りに包まれながら昨日はベッドに入りました。
      一人暮らしでぼんやりしているとテーブルの上や部屋が散らかっていくのですネ…、そうならないよう気持ちをちょっと引き締めて、いつも以上に体を動かすように心がけています。明日もそしてその次の日も。

  2. Michiko

    一皮剥けたようにスッキリ、そしてどこかほっこりされたお顔、素敵です。私も今日は丁寧に朝メイクして、とびきり美味しいご飯を作ろう!ありがとう、サカキさん(そしてタナカさんも)

    • サカキシンイチロウ サカキシンイチロウ

      Michikoさん
      納骨も終わってちょっと気持ちが落ち着いたかなぁ…、まだまださみしくはありますが四分の1歩くらいは前に踏み出せたように思います。がんばらなくちゃ!

  3. ナリヒト

    さっぱりすっきり、男前の出来上がり。夏向きになりましたね。
    おいしそうなステーキ。素晴らしい仕上がり、ポテトはどんな感じなのか。食べてみないとわからないと思いますが完璧!(╹◡╹)

    • サカキシンイチロウ サカキシンイチロウ

      ナリヒトさん
      春の終わりからあっという間に夏が来ました。思い出してみれば春が終わったことも梅雨がきて終わったことも思い出せないほどに気持ちがバタバタしてしまってました。

  4. Wordsworth

    拝見した時に
     1日幸せでいたければ床屋にいきなさい。1週間幸せでいたければ~
    というのを思い出しました。
    この時期、見知らぬ土地の夜中の散歩は、熱田神宮側の鰻屋に行くことは、博多バスセンターの地下でうどんを啜る事は、そして、旅行から帰った時にそれをネタに善き友と旨い物を囲んで笑いながら語らう事は自身にとってどれだけの幸せだったのか。遠い過去を振り返るような感覚です。

    今回の事、「いやぁ、あの年はまぁ厄介だったなぁ」とネタにしながら、食事の席で友と笑う事が出来る。きっとその日は来る。そう信じながらいつか大手を振って旅に出る準備をしておきます。
    その時には是非お会いできれば幸いです。また色々大人の所作振舞いを勉強させていただきます。

    暑い日が続きます。どうかご自愛ください。

    • サカキシンイチロウ サカキシンイチロウ

      Wordsworthさん
      車を買って結婚し、家を建てることは簡単だけど、正直者でいることは難しいですよね。
      今は気持ちに正直に。
      そしていつか笑って昔話ができるようにただただのんびりいたしましょう。

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