日本の人と日本人、日本の料理と日本料理

ひさしぶりに紅とんにくる。
四谷三丁目に引っ越してきた当初、結構な頻度で来ていたお店。
気軽な雰囲気。気さくなスタッフがいて気楽に飲めて好きだった。ただ近所に同じような気軽なお店が沢山できて、それで頻度が落ちてきた。
ひさしぶりにくるといろいろ変化があってビックリ。
まずメニューが随分、整理されてた。
最少の非熟練のスタッフで出来るように考えられた結果でしょう。
それになによりスタッフが、店長一人を除いて全員外国人。
ただその状態を当たり前のように受け入れているお客様たち。出身国の違う人たちが日本語でやり取りしながらお店を動かす様子をみると、もう日本人とか外国人とかと言うレベルではすっかりなくて「新しい日本人の有り様」を考え、それを受け入れるべき段階にあるんじゃないかと思ったりした。

例えば、日本人でありながら社会に交わらず自分を消費するだけの人たちは日本を旅する人と同じ。
日本出身ではないけれど日本で働き社会と関わりともっている人たちは社会的な日本人…、とそんな考えを持つべきなんだと思ったりする。
よき勉強。

そういう「社会的に日本の人たち」が作る料理。
銀杏とうずら卵の串焼きをまず食べて飲む。
うずらの玉子を噛むとプチュっと黄身が飛び出しちょんまげみたいな形になるのがおもしろく、プチュンプチュンと味わい食べる。

マカロニサラダにオニオンスライス。ラッキョウの浅漬けとどれも料理と呼ぶには単純で、基準通りに盛り付ければなんとか商品になっちゃうモノ。誰が作っても同じ結果というコトでもある。しょうがない。

ハムカツたのむ。
一人前でと言ったのだけど、なぜか二人前がやってきてそれでも一人前分が180円という安さと、情けないほどの薄さにいいかと思って食べる。
厚さのおそらく70%は衣という情けなくも、なのにおいしいハムカツで、その情けなさは串にさした赤ウィンナも同じコト。
油で揚げて仕上がってるから水気が抜けて、サクサクムチムチするのがおいしく、ケチャップたっぷりのっけて食べると子供の頃を思い出すよう。
ほとんどもやしの肉もやしも、また情けなく、なのにおいしい。悪くないなと思う夜。ハムカツ、ウィンナのサイドのキャベツも全部食べ、なんだか野菜をたっぷり食べたと思って帰る。ニッコリと。

家に帰って〆を作った。
帰る途中にスーパーにより、最初はナポリタンスパゲティを作ろうかって思ったんだけど、辛子明太子が安かった。
イカの細作りも安くて、これは明太子とイカのスパゲティーを作りなさい…、ということなんだろうと思って、イカの沖漬けと生クリームを買い揃える。
イタリアンパセリか大葉が欲しかったんだけど、どちらともなく代わりにオレガノ。家には玉ねぎの買い置きがあるはずだからと家に戻ってテキパキ作る。

薄くスライスした玉ねぎを食用油で軽く炒めてそこに塩辛。
味を引き出し茹でたパスタを加えて軽く炒めて味をなじませる。膜を外した明太子とイカを生クリームであえたのをパスタにからめてオレガノちらして出来上がり。
味をみたらちょっとくどく感じてそれでライムを搾って出来上がり。

考えてみればこのパスタ。イタリア料理では断じてなくてけれど日本料理でもない不思議な料理。何料理?って言われれば、新しい日本の料理というしかなくてそれもまた良し。インターナショナルな時代のコトです。オゴチソウ。

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