岐阜のむさし野、森のコーヒー

岐阜に来ての朝。
朝食はいつものようにビジネスホテルの朝のバフェ。
ほぼいつも変わらぬ品揃え。
ボクが食べるのも、いつも変わらぬ組み合わせ。
茶碗にご飯をほんの少々。スライスオニオンをたっぷりのっけ、スイートコーン。グリルソーセージを一本のせて醤油をタラっと2滴ほど。
よくかき混ぜて、シャクシャク食べる。
空気で晒され辛味がほどよく馴染んだ玉ねぎ。みずみずしくて甘くておいしく、口の中が潤う感じ。スイートコーンはカラカラと口の中を転げ回ってご飯と一緒になって潰れる。コーンポタージュを汁にしてお腹を潤し、ロビーに出ます。
ボタン一つで豆を挽き、蒸気を通してコーヒーとするロボットみたいなコーヒーマシンがいつものように健気でニッコリ。そしてお迎え…、でかけます。

今年の後半。
岐阜に来る度、定点観測のごとき執着心をもって通っているのがむさしの森珈琲。
すかいらーく系のグループ企業がやってる店で、コメダ珈琲が絶好調だった頃、その好調が羨ましくって作った業態。
喫茶店よりのコメダ珈琲に対して、カフェよりで差別化をして、女性層を取り込もうとお店の雰囲気はかなりモダンで都会的。

ただ来る度、メニューが変わってる。
一ヶ月ごとに来るから下手すると数週間単位でメニューを変えているのでしょう。
その変化の方向性は大きく2つ。ひとつは料理がどんどん重たくなっていく。
最初はサンドイッチやパスタがメイン。それにふわふわタイプのパンケーキを組み合わせて、あくまでカフェ。レストランじゃないのヨ的なメニューを上手に作ってた。
ただ、おそらく売上が想定通りにならないのでしょう。
特に夜の集客に苦労しているに違いなく、それででしょうね…、ハンバーグのような商品がどんどん増えて、「軽食もあるカフェ」から「軽食主体のファミレス」みたいになってきている。果たしてこれが吉と出るのか。でも既存のファミレスはその売りをカフェ使いができる方向に向かってきていて、彼らとの戦いに必ず巻き込まれるに違いないのに…、って心配しちゃう。出身がファミリーレストランの会社がすること。困ったときには結局、得意なコトをすることになっちゃうんだなぁ…、って思ったりする。勉強です。

変化のもう一つは朝食メニューが変わるということ。
もしかしたらこの部分に関しては、チェーン全体の問題ではなく岐阜というこの場のこのお店特有の変化なのかもしれないけれど、毎月商品や仕組み、あるいはメニューブックの構造がかわるのですネ。
思ったよりも客単価が上がらないからなんでしょう…。
朝の時間だけ飲み物をたのむと無料でついてくる、いわゆる名古屋式と呼ばれる商品を目立たぬ場所にひっこめて、オムレツやパンケーキ、あるいはサンドイッチの朝食セットを売りたい顔になってきた。
でも結局、周りのお客様を見てると無料のサービス品をたのんでいる人がほとんどでボクらもそれ。チーズトーストを選んでたのみ、コーヒーを飲む。だって喫茶店のモーニングはコーヒーを飲みに来る場所。ついでに食べものが出てくるから食べてるだけで、朝食だけに何百円も払うのなんて勿体無いと、それが街のムードなんだからしょうがない。

ちなみにブレンドコーヒーはマグカップでくる。
そのマグカップにはソーサーは使わず、そのままテーブルの上におくスタイルで、にもかかわらずメニューブックの写真はしっかりソーサー付き。
まぁ、食器が変わるコトであったり、提供方法が変わるコトは飲食店ではままあって、中身が変わりさえしなければいいじゃないかというのが通念。
ただなぁ…、ソーサーが付くかつかぬはかなり大きな問題なんじゃないかとボクは思うのですね。確かにマグは通常ソーサーつかず、カップはソーサーが付くというのが普通でだから、マグにソーサーをつけぬことは当たり前ではあるんだろうけど、ならばメニューの写真もそうすりゃいいのに、多分、写り映えを考えソーサーをつけたんでしょう。インスタバエとか写りバエとかは、蝿と同じでそろそろ五月蠅い。浮かれ騒ぎもそろそろ終わりにすればいいのに…、って思う朝。

 

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コメント

  1. koku

    チェーン店でも個人店でもそうですが、写真付きメニューの「見栄えを整えた写真」はいつも本当に不思議に思うんです。お皿だったり、盛り付けだったり、おかずの大きさだったり数だったり。

    提供されればすぐにバレてしまうし、だからといって店がどんな状態の時でも常に写真と同じような商品を出すのは極めて厳しく、なによりお客の心情的にも明らかに逆効果で、誰しもが想像するまでもなくそんなこと当然解ってるはずなのに、それでもやってしまうんですよね・・・こんな超大手ですら。人間て面白い、そして弱いなあと自戒を込めて思います。これくらい解ってくれるだろうという一種の日本人特有の甘えもあるかもしれません。はじめから常連客を作る気がないだけかもしれませんが。

    そう考えると、他と比べても少人数で回してるのに写真とほぼ変わらないものが毎回出てくるサイゼリヤのシステムはスゴイんだな、と改めて感心してみたり。変に飾らない写真を載せているということでもあって、それがむしろ信用に繋がってる気がします。商品そのものに自信があるという裏返しでもある。

    ・・・なんてことをイチイチ言語化せずとも、肌感覚でお客さんはそこまですぐに見抜いてしまうものだと思ってます。どちらにしろ、長い目で見ると自分の首を絞めるだけの写真メニューはいっそ無いほうがいいんじゃないかな、と個人的には思います。

    • サカキシンイチロウ サカキシンイチロウ

      kokuさん
      文字を読み込んでイマジネーションをふくらませる。
      それが注文をするときのたのしさのひとつのはずなんですが、想像力を発揮することが苦手なお客様が随分多いようで、かなり上等な料理を出すお店でも写真入りのメニューが花盛り。
      アメリカなんかでは、読解力の無い層をターゲットにしたお店の証が写真入りのメニュー。日本ってつくづく「サービス過剰」な国だなぁ…、って思いますよね。
      そのサービス過剰故に、お客様を結果甘やかすことになってしまって、外食産業が自らの首をしめる結果となってしまっているのもなやましいところ。互いが信じあうことをしないと、大変なコトになってしまいそうな気がします。

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