売りやすいものを看板にする商売

新宿でランチ。ねぎしに来てみる。
かつて新宿で仙台式の牛たんといえば「ねぎし」だった時代があってボクの青春時代とそれは完全にリンクする。
まだ物珍しく、未知の味にたちまちハマって当時はよく来たものでした。
けれど今では本場仙台から東京に専門店が次々上陸。独壇場の立場はなくなり、「仙台的」を一旦脱ぎ捨て手軽でちょっとオシャレな「牛たんも焼いてる」食堂にスルリと変身。案外流行っていたりする。
そう言えば昔のねぎしはジャズをBGMに流す大人ムードな店でした。仙台的を脱ぎ捨ててから牛肉やいたり焼肉味の牛たん焼いたりと、かなり自由にメニューを提案。とはいえ、一口大に切り分けた肉を炭で焼くという牛たん風の縛りのなかでの出来事だった。

ところが半年ほど前からとんてきを売りにするようになった。
「とんてーき」って商品名でなんとメニューボードの一番上に紹介されてる。
たしかにタンは原価が右肩上がりの食材。
なんとか原価の安い料理でお客様を呼べれば…と、工夫したのでありましょう。

分厚い。みるからにボリュームたっぷりで確かに魅力的ではある。しかも一旦、スティームして加工したものを注文ごとに表面だけ焼き提供できる。つまりスピードメニューでもあるわけでして、材料費だけじゃなく人件費の高騰になやむ飲食店にとってはうれしい工夫の商品。食感を残して刻んだ生姜がたっぷり入った醤油ダレをかけ食べるのだけど、豚の味わいというよりほぼタレで味が整うというちょっとズルさもあったりするのネ。まぁ、しょうがない。

一緒にタンもたのんでみます。「白たん」と彼らが呼ぶ芯に近い部分を厚めに切ったここでの最上クラスの牛たん焼き。
4枚8切れで1300円というほどほどの値段。本来、これがメインでどんどん売れていなくちゃいけない。でも売りづらい。これを定食にするとサラリーマンの手に届かない値段になるから、それでいろいろ工夫をする。「売りやすい商品ができないかしら…」という工夫の結果が「とんてーき」。
チェーンストアと個店感覚の店の違いは商品に対する向き合い方。
「誰にでも売りやすい商品をメインに商売する」のがチェーン。「店の看板メニューをできるだけ高く買ってもらおうと努力」するのが個店の商売。高く買ってもらっても、それを高いと思われない努力が伝われば店の繁盛は持続する。

さて、本来の看板であるはずのねぎしの牛たん。
悪くないです。ほどよき厚さで噛みごたえは十分にある。旨味もほどよい。口の中が潤う感じもほどほどで価格分の価値は十分感じる仕上がり。
でも、残念なが「とんてーき」の分厚さにはかなわない。噛むと溢れるように湧いてくる豚の肉汁の迫力の前では、牛たんの繊細な潤いなんて吹っ飛んでしまう。しかも値段は圧倒的に安いのです。

看板商品を守るということは、看板商品だけを売れということじゃない。
看板商品の存在を脅かすほど魅力的な商品を、開発しながら市場に出してそのライバルにビクともしない商品力を絶えず磨いて進化させ、看板でありつづける努力をしないと、いつか看板は色褪せる。

看板が色褪せるほどの料理を作ってしまったときに、それを導入するかどうかはかなり重たい判断で、おそらく彼らは「看板がつけ変わってもしょうがない」と思う気持ちで敢えて導入したのでしょう。
ただ、果たしてこのとんてーきが掲げる看板って一体どんな看板だろう…、と考えるだに居心地悪くて悩ましい。
サイドを飾る料理の数々。例えば塩の味しかしないテールスープも看板が牛たんなればこその工夫。とんてーきに合わせるのなら豚汁の方がよかったのでしょう。コストもそっちの方が安いはず。とろろはよかろう…、元気がでてくる。本来小鉢があるべき場所に、牛たんの皿のサイドを飾るべき漬物、南蛮味噌が鎮座するのも一皿、省略したい気持ちの工夫。堂々とした姿を誇るとんてーき君も、こうしてみると間借りの身。肩身狭そでかわいそう。

 

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