南海放送のなぞ

生まれて高校2年のときまで過ごした「愛媛県松山市」。
松平様の城下町。
現存12天守のひとつの松山城を頂に持つ城山が町の中心に鎮座して、城山を囲むお堀にそって路面電車が走る町。
日本三大連立式平山城の一つでもあって、町のどこからでも城山が見える。

松山の人は3日、城山を見ないと里心がつくと言われるほどにお城に対する愛着があり、ボクが通った中学校はその城山の二の丸にあった。
小説「坊ちゃん」所縁の高校に路面電車にのっって通い、町の人の気風はのんびり、おおらかだったからボクの性格も多分に町の影響を受けているんだと今でも思う。

うるわしき町、松山は四国で一番の文化都市という自負があって、なぜなら国の出先機関のほとんどは隣県、香川の高松にあり、けれどNHKの四国本局は松山にあった。
県民ホール、市民会館は中四国で抜群の規模と設備を誇ってて、ちなみに人口も四国1。

なのにテレビチャンネルが3つしかなかったのネ。
NHKに教育テレビ、そして南海放送。
民放は南海放送一局で、日本テレビ系列だったから放送される番組も限りがあった。
もう一局、フジテレビ系列のテレビ愛媛が開局するのが1969年のことで、それでも同年代の都会出身の人と話をすると知らない番組の話にちょっと戸惑ったりする。

それにしてもなんで南海放送っていうんだろう…、ってずっと不思議に思ってた。
愛媛県は海に面してはいるけれど、面しているのは瀬戸内海。
南の海という感じはしない。
南海をなのるのならば高知の方がずっと適していそうで、不思議に思っていたけれど、そのうちそんなことなどすっかり忘れた。
それが先日。
とあることをきっかけに、なるほどそういう理由だったかと腑に落ちた。
どこに落ちたか、まずその話。

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