レアンドロエルリッヒ展:見ることのリアル

六本木ヒルズに移動する。森美術館でやってる特別展示が主なる目的。
美術館の上のフロア…、森タワーの屋上部分が、スカイデッキとして開放されてる。前から来たくて、機会がなくて、それではじめてのぼってみました。
海抜270メートルにある屋上です。柵はあるけど壁はなく、外気を感じる開放感はかなり特別。時間は火点し頃から日没までの街の景色が刻々変わるタイミング。

うつくしかった…、窓越しではない東京の空の景色にウットリしました。東京タワーが間近にみえて、しかも案外新宿の街が近いところにあるのにびっくり。ところどころに巨大な暗闇が横たわってて、そこは公園。東京って公園の多い街って再認識。あまりにロマンティックでキレイだからでしょう…、デッキのそこここでタイタニックごっこをする男女の姿。周りが見えなくなるほどに魅力的だということでしょう…、オキニイリ。

目的の特別展示は「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」。

インスタレーション中心のアーティスト。
例えば金沢の21世紀美術館に恒久設置された「スイミング・プール」の作家としても有名。
日常を中で見慣れているはずの光景に、新たな解釈を与えてアートにするというのが得意な人で、不思議な魅力に溢れた世界がビルの中に作られている。入り口入るといきなり暗闇。ボートがプカプカ、水に浮かんでいるような展示物があるのだけれど、水はない。コンピューターで制御された動くボートが置かれてるだけ。なのにそこに水があるように見える不思議にワクワクします。

かと思うと、木枠の中に雲のような物体がある。よく見ると日本列島の形をしていて、その右側にはフランスの国の形の雲。
ところがこの雲。何枚ものガラスの一部をすりガラス状にしているものを等間隔に何枚も並べて展示をしているだけ。その奥行が立体感を生み出して、木箱の中に雲が閉じ込められてるように感じる。
下から見ると塊のように見える雲も、飛行機にのり間をくぐると決して塊じゃなく、中はスカスカ。あたかもガラスの間に空虚があることで塊に見えるというのと同じ。しかも雲のような不安定で実体のないモノで作った日本列島。もしかしたら国という概念そのものも雲のように不確かなものかもしれない…、ってメッセージもある。深くてたのしい…、オモシロイ。

今回の展示物の中でも一番人気があるのが、壁の一部になることができるという展示物。
床に建物の壁が横たわってる。
その上に斜めに鏡が吊り下げられてて、そこに床の壁が写るとまるで壁が立ち上がってるように見える。
だから床に横たわると、横たわった人の姿が壁に貼り付くように写ってみえるというわけ。
みんな趣向を凝らしてポーズを作ります。
それを写真に撮って収める。それそのものがアートになる…、という趣向。
いろんな絵画があるけれど、見ている人がその作品の一部になるような絵はめずらしい。
発想だなぁ…、とある発想。しかもこういう発想って舞台の演出なんかでずっとむかしから使われていた。枯れた技術をアートの技術にして使う。しかも今やみんなが写真を気軽にとって拡散するのが普通の時代。そんな時代の新たなアート…、って思ったりした。感心します。

合わせ鏡を上手に使った作品だったり、ただただ地下鉄の中の景色や車窓の景色をビデオでとって流し続ける作品だとか、分かり易いのに実験的で、見れば見るほど感がさせられるさまざまな作品多数。
どれも、誰もが見ている世界に新たな視点を与えることで出来上がったモノ。
発想だなぁ…、って感心しました。
そんな中でも一番、スゴいと思ったのが「教室」という作品で、ガラスで仕切られた2つの部屋。手前に観客であるボクらが座る。するとガラスの向こう側の部屋に置かれた椅子に座ってみえるようにガラスに写る。ガラスの向こうの部屋は廃墟で、まるでボクらは亡霊みたいにみえるのです。
床に落ちた本を拾おうと手を伸ばしてもそれは触れず、なのにガラスの中では触ってる。机もそう。机の上のモノもそう。実体と虚像の中を行ったり来たりできる不思議にウットリしました。オキニイリ。

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