コロナはあくまできっかけでしかなく…。

朝、新宿まで歩く。まもなく新宿三丁目というところに見慣れたような、見慣れぬような看板発見。
「とんかつもと村」と看板にある。
ここって確か「牛かつもと村」だったよなぁ…。日本の文化にするんだ…、と息巻いていたチェーン店です。その文言が使命感だったのか、ただのキャッチフレーズだったのか知らないけれど、ブームが終わったらあっさり宗旨変え。強気価格のとんかつ店になっちゃった。調べてみたら他のお店も続々とんかつの店になっちゃっていて、3年ほど続いた浮かれ騒ぎはそろそろ手仕舞い。本物だけしか残らずことになっちゃった。
おそらくコロナ騒動がきっかけだったのでしょう。
本当に食べたいもの。本当に必要なもの。本当に納得できるものしか売れない時代。それがおそらくアフターコロナ。そもそも、牛かつの市場は小さい市場。そのサイズに合わせて作りすぎたお店をとんかつ店へということなのでしょうね。

いろいろなものが必要ないと容赦なく切り捨てられる時代がくるのでしょう。
百貨店なんてこれからどうなっていくんだろう…、ってしみじみ思う。
営業再開して人が集まっているようではある。
けれどやってきた人たちが何かを買っているのかというと、外出自粛に耐えかねて外出そのものを楽しむ先に百貨店があったというように見えてしまう。

百貨店って「買いたい人の受け皿」なのでしょうね。だからお客様から「買いたい気持ち」が失せてしまうと必要なくなる。「買いたい気持ち」を沸き上がらせる企画だとかサービス力を発揮しなくちゃいけないのだけど、それがどうにも欠けてしまってる。
伊勢丹の家具売り場にひさしぶりにいって、いつの間にかメーカー、ブランド別に仕切りができたへんてこりんな売り場になってた。売り場の人たちに提案力がないことを自ら認めた貧しい売り場。大変だなぁ…、ってしみじみ思う。

必要を感じさせないものが容赦なく切り捨てられる。そしてそれは店だけでなく、会社もそうだし人もそうだし、それはそれは大変なことがやってくるに違いない。60歳を過ぎたこのタイミングでこういう出来事が起こるなんて、なんたる暦のいたずらでしょう。

気持ちを少々なだめましょう…、と椿屋珈琲店にくる。
ここに来ると、コロナの前と変わらぬムード、変わらぬメニューに変わらぬ設え。コロナのさまざまをひととき忘れさせてくれる優雅があります。
ありがたい。
もともとテーブル同士の距離は十分確保され通路も広い。密を防いでという今のガイドラインを偶然守ることがこの店のコンセプトになっていたから良かったのでしょう。
その分高い。高いけれどもそれに見合うだけの価値があれば、決して高いと言われぬこと。それこそ飲食店のよいところであったはずなのに、多くの人がそれを忘れてビクビクしながら値段をつける。そういうやり方をやめる時期でもあるんだけれど、果たしてどうか。
アイスコーヒーとモンブラン。栗の渋みがおいしく甘く、気持ちをちょっと落ち着ける。

それにしてもまもなく彼を亡くして3ヶ月。やっといろんなことが落ち着いて、それゆえ思う存分、思い出に溺れることができるようになったからでしょう…、苦しいほどに寂しく切ない。
けれど彼は生まれ故郷を離れて40年近くも家族と離れて生きていた。
それはつまりご遺族にとって悲しみを癒やしてくれる思い出がほとんどないということでもあり、それはそれはつらいことだろうとしみじみ思う。特にお母さんの気持ちを思うと胸が痛くて苦しくて、ボクが力になることができるとすれば、好きだったことや食べ物、思い出をお伝えすること…、と思って彼の足跡をたどり伝えることをここしばらくの仕事のように感じております。
ボクのおふくろにも会いたいなぁ…、本当に会いたい。会いたいけれど会えない今の様々が悔しくって寂しくて、防護服を着てでもいいから会えぬものかと思ったりする。なやましい。

 

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コメント

  1. 薬局の末息子

    一連の「思い出話」が、宮沢賢治がとし子を喪ったあとの一連の詩(春と修羅の後半「青森挽歌」~「噴火湾(ノクターン)」) https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1058_15403.html を想起させます。お辛いですね。  私も、郷里のグループホームで暮らす母(91歳)ともう半年以上会えなくて。先日電話したら「いつ会いに来てくれるの」と言われちゃった。せつない夏です

    • サカキシンイチロウ サカキシンイチロウ

      薬局の末息子さん
      おひさしぶりです。
      この数ヶ月、私とは一体なにものなのだろうということを考えて、出ぬ答えにさめざめと無く日々を送っています。
      さみしいですネ…、本当にさみしい。
      そしてこのさみしさを身近な人に決して味わわせてはならないんだと思い、ひたすら食べて元気をひねり出しております。
      ほんの少しでも心穏やかな秋がやってきてくれますように。

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