オモウコト

銀座から東京駅まで歩いてみました。
異常事態です。人のいない銀座に、車の走らぬ東京駅。
一体これからどうなるんだろう…、としんみりとなる。
店のほとんどが営業自粛。非常事態は徐々に解消されるだろうけど果たして元に戻るのか。

そういえば4月は請求書を2通だけ送りました。いつもならば30通弱送るところですから激減です。5月は0通。6月の仕事もめどが立たない状況です。
オフィスを持たずひとりでやってる。
蓄えも少なからずあるからなんとかしのいでいるけれど、未来があるかといえばそれは厳しい。

コンサルタントという仕事は、産業に集まってくるお金が溢れて流れ出す先にある仕事です。

産業に夢があって豊かなときには仕事が増える。
ここ10年以上、外食という産業は貧しくなって夢ある未来を描けなくなりボクの出番は少なくなった。
困り果てた産業に付け入る仕事もあるけれど、ボクの仕事はみんなと一緒になってゴキゲンな未来を作ることと承知していて、そんなボクを必要とする人たちだけと付き合っていた。
産業の先行きが不安になるにしたがって仕事は減った。
でもひとりの力で産業のありようだとか方向性を変えることができるわけでなく、何よりボクは外食産業というものが嫌いになりはじめてもいた。
飲食店は好き。でもそれを支える環境まで含めて外食産業は嫌い。嫌いなんだから仕事に力が入るわけがなく、仕事は減ってけれどボクと大切な人が生きていくのに必要十分な程度の仕事は残った。

それでいいんだ…と、ここ5年ほどこじんまりとした生き方を心がけるようになっていた。
産業的なものに背を向けて。
あるいは産業的な匂いのするものは、斜めからみて批評めいたことを言ってお茶を濁して、愛すべき店に好んで行ってホッとする。
どんなに外食産業が魅力をなくそうとも、ボクらのテーブルの上だけは、やさしくおおらかで人間性に満ち溢れたシアワセな空気がありますようにと、気持ちを込めて食事をする。あたかもそういう食事をすることが、ボクの仕事であるかのように、打ち込みそれでボクらは十分、しあわせだった。行く店は限られてきたし、なにより家で料理を作り食事することも増えていた。

外食産業が夢にあふれる産業だったのはもう20年以上の前の話。
ゴキゲンなサービスとちょっとステキな付加価値を業界の人はこぞって目指し、お客様は常に前向きに評価した。
でも外食を特別なたのしみとしてでなく、賢くたのしめばいいのだと受け止められるようになる。産業側の過ぎた競争と、ゆっくりと寂しくなるお客様の懐具合がその理由。気づけば付加価値を削ることが上手な店に人気が集まり、資金調達が上手な会社が大きくなった。
付加価値に価値を見いださない外食産業は果たして外食産業と言えるのか。
それは製造業であったり、料理販売業と呼んだほうがいいのじゃないか。
つまり21世紀に入ってからの外食産業は、自らゆるやかで確実な死を選んだとボクには見えてた。
2030年過ぎにはサービス業としての飲食店は、個人経営の店に限られ「サービス業としての外食産業」は死に絶えてしまうんじゃないかとも思った。
でもそのときにボクは70歳。産業の死と一緒に死ねれば本望だ…、なんて思いもしていた。そこに今回の騒動です。
ゆるやかに迎えるはずの死へのスピードが一気に加速してしまう。おそらくそれは一時的なことなのだろうけど、10年後と思い込んでいた外食産業の死を今まさにボクらは見ている。

ボクは大切な人を失った。
外食産業も大切な「つながりと信頼」を今、失っている。
ボクにとって愛すべき2つのものが一度に姿を消してしまったことが、哀しくて切なくて。
大切な人は決して戻ってきはしない。
けれど外食産業において大切なものを取り返すことは、決してできないことではなかろう。
だから応援したいなぁ…、と思う。心を尽くして応援したいと思うのだけど、どんな応援がいいのかというところで悩む。疲れ果てた人にガンバレと大声で応援することは、うるさく迷惑なことだろう。つらさ、哀しみを共感するだけでは本当に応援になりはしない。
いくつかアイディアは浮かんできている。けれどそのアイディアを確実で持続性のあるビジネスに仕上げていくにはもっと考えなくてはならないことが沢山あって、当然、ボク一人ではできぬこと。仲間を募り時間をかけて計画をねり、ボクが愛した外食産業が、愛し続けるにふさわしい存在であり続けるために必要なことを用意する。命がけにならなきゃできないことだろうなぁ…。

いてくれるだけで生きる糧になってくれた人を亡くした。
もういつ死んでもいいと思った。
にもかかわらず生き続けるには使命が必要。
外食産業を応援し続けるという使命を糧に、これから生きていくことができればシアワセ。
大切な人の月命日に思うこと。

コメント

  1. みつ

    明るいニュースが少ないですが、やはり、「美味しいモノを、好きな人たちと、気に入ったお酒で、遠慮無く、ワイワイと飲み食いできる」という世界を守りたいですね。

    数年前に命拾いをして思ったことは、生きてる限りは、忘れられても良いので、世の中に何かを残す礎になれればいいなと感じ、その役割を演じ続けてます。

    サカキサン、残されたモノの役割、やはりありますよ。
    「時代がイノベーションを生む」ともおもいますが、よい変化にしていきたいですね。

  2. サカキシンイチロウ サカキシンイチロウ

    みつさん
    時代がイノベーションを生む。
    このような危機的状況を生き残った人たちの作り出す、たくましくて明るい世界をたのしみに生きていくのもいいことですね。
    がんばりましょう。

  3. EIKO ISHIKAWA

    奇しくもサカキさんにとって大切な産業の愛すべきところがなくなってきたところに
    同じく大切な方も失われて。

    「失った悲しみ」を感じていらっしゃるサカキさんにしかできないお仕事が、形になっていくのを見守ってくださると信じて。祈って。おります…

    私も「今だからこそ」とか「今しかできないこと」とか「ニューノーマル」とかに疲れてしまっていたけれど、とにかく目の前のことに一つ一つ取り組んでいく、が生きていくものの使命なのだと思っております!

  4. サカキシンイチロウ サカキシンイチロウ

    EIKO ISHIKAWAさん
    ニューノーマルという言葉‥、苦手ですね。
    ニューノーマルがあるのならば、ニューアブノーマルとかオールドアブノーマルとかというものあるのかしらと思ってしまう。
    せっかく社会が多様性に向かっていってところに、一気にノーマル、アブノーマルという区別、評価を押し付けられそうでちょっとドギマギしちゃうんですね。
    当たり前のことを当たり前と受け止め、それをおおらかに共有し評価しあえる社会。心待ちにします。

  5. のぶちゃん

    初めてコメントします。榊さんのおいしい店とのつきあい方、という本が大好きで、良く読み返しています。榊さんの感性といいますか、飲食業界の方々と真摯に向き合って多面的に評価される姿勢が素晴らしいと感じています。このご時世は仕事柄お辛いでしょうが、アフターコロナに向けて大きく変遷する機会となる筈です。昔の楽しく大流行な店、という感じとは違うかもしれませんが、今後どうしていけば良いのか皆さんなやんでいるでしょうから、お力になってあげて下さい。事情も分からず、失礼なことばかり申し上げました、ご容赦下さい。

  6. サカキシンイチロウ サカキシンイチロウ

    のぶちゃんさん
    飲食店という場所は、人と人とが出会う場所。
    お客様にたのしんでいただこうと一生懸命になるお店の人と、食事をたのしもうと思うお客様とが互いを理解しいつくしみ、ステキな時間を紡ぎ合う場所。
    その当たり前が崩れようとしている今、本当に気持ちが切なくなってしまいます。
    でもいつか、かつての当たり前が当たり前になる日がくるように、ボクもがんばらなくてはと思います。
    はじめまして。元気のでるコメント、ありがとうございます。

  7. ワタナベ

    遅ればせながら拝読しました。
    このコロナ騒ぎになるまで飲食店で働いていた者として、なんとなく身に積まされる内容でした。
    「サービス業としての飲食店は、個人経営でしかのこらないかも」とか「ゆっくりと寂しくなるお客様の懐具合」とか、働いていて感じていた事が、サカキさんの言葉で納得しました。
    キチキチの人件費で回したいお店側と、肉体的にも精神的にも疲弊していく店員。サービスされる事に不慣れなお客様が増えたなぁとも、思っていました。
    休業給付をもらって解雇となりましたが、正直ホッとしました。身体に無理させてたことに、お休みになってから気づきました。

    時々海外旅行に行きますけど、どうしたらあんな風に楽しそうに働けるのかなって、いつも不思議です。羨ましいです。

    まだまだ深い傷を抱えていらっしゃるところに、こんなコメントですみません。
    いつか、小さなコーヒーショップを開きたいと思っている、ワタクシ。お願いするかもしれませんから、どうぞお身体大事になさってください。

  8. サカキシンイチロウ サカキシンイチロウ

    ワタナベさん
    日本の飲食店は世界で一番安い値段で売っていると言われます。
    にもかかわらず必死になってよいサービスを提供しようと努力する。よいサービスをしろとお客様から要求されるからという側面と、ライバル店舗に負けぬようにという両面からの圧力が、結局、しわ寄せとして向かっていくのが働く人で、それが過重労働という問題を生んでしまうのでしょう。
    日本のすべての飲食店が販売単価を一斉に50%値上げすることがかなえば、ほとんどすべての問題があっという間に解決するのだろうと思うのですが、なかなかそういうふうにはなっていかない。
    悩ましいことですよね。
    自粛解除と町はザワザワしていますけれど、問題の根本は決して解決されてはいない。新しい働き方とあたらしいお客様との付き合い方を確立するチャンスであることには変わりなく、もうひと頑張りと覚悟しております。
    がんばりましょう。

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