思い出食べる、20年ぶりの松山の街

kotori高松から二時間半で松山に着く。
ほぼ20年ぶりの里帰り。

松山という街はボクが生まれた街ではある。
けれど生まれて育って高校時代の中盤で引っ越した街でもあって、だから大人としての思い出がない。
例えば飲食店に関してもほとんどが母と一緒に行った店か、ときおり家族で外食するため使ったお店ばかりで、ボクが自ら選んで通ったという記憶がまるでない街だったりするのです。
だからかひさしぶりに帰った街は、最初はどこかよそよそしい。

大街道という商店街の子でした。
小学校の時なんて名字じゃなくて親の商売の屋号で呼ばれたりするような環境で、歩ける距離になんでもあった。
三越があってチンチン電車駅があって、それに乗ると温泉がありアーケード街にはありとあらゆるものがあってずっと世界の中心は大街道商店街なんだと思っていたサカキシンイチロウ少年。
それが東京に引っ越してきて、あまりの大きさと迫力になんて田舎モノだったんだろうと反省しながら今の自分を作ってきた。
家族みんなと引っ越して親戚たちはみんな隣の香川県。
だから由縁がほとんどなくなり仕事で時折来てはいたけどずっとご無沙汰。松山で生まれて育ったと胸を張って言えぬおじさんになっちゃった。
とはいえ、松山のコトを悪くいう人がいるとちょっと嫌いになってしまう…、そんな程度の郷土愛。

行きたいお店がありました。「ことり」という鍋焼きうどんの小さなお店で、そこに行くことが松山帰りの最大の目的だった。…、にもかかわらずなんと今日は売り切れじまい。近所にあるもう1軒の鍋焼きうどんの専門店も売り切れしまい。寒い雨の日だったからみんなが鍋焼きうどんを食べたくなったのでしょう。多分、もう一度、もどってらっしゃいと街に言われているんだと思って別の店にゆく。

akanorenakanoren-abekawaいつも「ことり」で鍋焼きうどんを食べたあと、母に連れていってもらったお店。
「赤乃れん」という甘味のお店にやってくる。
それというのも、ことりの鍋焼きうどんは量が控えめ。肥満児だったボクにはちょっと物足りなくて、それでたいていハシゴで来てた。

銀天街というアーケード街の中のお店。
お店の外も中もどちらも昔と変わらず。ショーケースの中に並んだ蝋細工まで昔のままに見える不思議ななつかしさ。
おばぁちゃんがやってたお店。さすがにお店の人は若返ってて、けれどお店にやってくるお客様は当時のおなじみさんたちがそのまま年をとってやってきている…、そんな感覚。
この人たちがいなくなったら、こういうお店はどうなるんだろうってしんみりしちゃう。

当時ボクがたのんでいたのは磯辺焼き。あるいはお雑煮。それにソフトクリームをつけてもらって、甘辛味をたのしんでいた。
そのかたわらで母がいつもたのんでいたのは「安倍川餅」。
お湯にくぐらせ柔らかくしたお餅の上にお餅が埋まってしまうほどに沢山、きな粉を載せて上に一筋上白糖。煎ったばかりのきな粉が香ばしく、甘みの合間に軽い渋みがやってくる。
食べた瞬間、口の中の水分がきな粉で奪われ口が乾いた感じがするのにビックリしつつ、お茶をごくりと飲んで潤す。子供の頃に何度か分けてもらって食べた。そのときあんまりおいしく感じず、口を乾かす食感が好きではなかった。それが今ではこんなにおいしい。大人になったものざんす。

 

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大街道と銀天街というアーケード街がL字型につながりできてる松山の街の中心街。その端から端をのんびり歩く。蒸気機関車を模した坊っちゃん電車の出発直前をめでたくカメラに収めてそれから、四国唯一の小さな地下街をテクリと歩く。本当に短い地下街で、それでも出来たときにはここに来ることがイベントだった…、そんな場所。
ずんずん歩いて大街道に入ったところに、昔ボクが住んでたビルが今もある。当時は洋服屋さんが一階、二階と入ってて、オフィスを挟んでその4階にボクら家族は住んでいた。今ではジョイサウンドになっていました。頭の記憶を断片を総動員してイメージ再構築しないと昔と今がピタッとつながらない。ちょっとさみしく、でもしみじみとなつかしい。

sobakitisoba-nikusobaそれからもう1軒、思い出の店を訪ねてみます。
「そば吉」という蕎麦の専門店。
四国にあって、うどんばかりを食べるのは香川県だけ。
それ以外の県では案外、日常的に蕎麦を喰う。特にうちでは、うどんは家で作って食べるものだったから、外食として食べる麺類はほとんどが蕎麦。
このお店にはお世話になった。

商店街からちょっと入ったところにあって、店の前をまっすぐ行くとボクが通ってた番町小学校に突き当たる。
そんな立地も懐かしい。
お店の外の雰囲気は昔のままで、中に入るとちょっとキレイになっていました。
ボクはいつも肉そばだった。
天ぷらそばとかとろろそばとかいろんな蕎麦がある中で、いつも肉そば。メニューなんか見ずにたのんでいたように記憶する。
今日もそれをたのんでみました。かやくご飯をつけましょうか?と聞かれるサービスは、多分、昔はなかったサービス。
せっかくだから、それもつけてとお願いをして、やってきたのはこの一杯。
透き通ったスープの中に蕎麦の麺。大きく切られた薄切り牛肉は、脂のほとんどない部分。軽く味を入れたものをスープで炊いてのせている。あとは玉ねぎ、青ネギというシンプルにしてうつくしき様。喉ならす。

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昔はもう少し口の広めの黒い丼だったような記憶がある。牛肉ももう少しだけ脂がついてて、肉の脂がスープの上をキラキラ揺れていたような記憶もあるけど、そうじゃなかったような気もする。
しょうがないから食べてみる。するとたしかにこんな味。
甘めだけれども酸味をほのかに感じるスープ。牛肉の旨味と風味が溶け出してスルンとなめらかな蕎麦と一緒に口の中へとやってくる。
しかも肉そばだけには胡椒がついてくるのです。牛肉の料理なんだから七味よりも胡椒というのがココの提案。スッキリとした辛さと胡椒ならではの重厚な香り、そして甘みが肉をおいしくさせる。
肉そばが今でも好きなボクの好きを作ってくれたのがこのそばで、他の肉そばを食べるとどこか物足りなさを感じた理由。もしかしたら胡椒だったのかもしれないなぁ…、とぼんやり思う。オキニイリ。

コメント

  1. ボルテイモアのおかず

    故郷に帰られて、昔のお家も見られて良かったですね。20年振りと書かれていたのでアレっと思いました。私が高松と松山をごっちゃにしてました。お母様がお住まいなのは高松ですね、そちらが故郷でいらっしゃるのかなあ、と。でも前に道後温泉の近くにお住まいだったと書いてましたね—。
    ことりさん、前にテレビで見ました。鍋焼うどんがアルマイトの鍋で、美味しそうでした。今回は残念でしたね、次回またレポートが見たいです。

    • サカキシンイチロウ サカキシンイチロウ

      ボルティモアのおかずさん
      両親とも里は香川県なのです。
      父が次男だった関係で、里を離れた新天地。隣の愛媛県で一旗揚げようと頑張ったようです。
      今日はこれから高知を経由して高松。
      父の一周忌の法要の準備に戻る旅となります。

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